「あの戦争が侵略戦争と言われたたら英霊が浮かばれない」という表現を聞くことがありますが、


「自衛のための侵略戦争」というのは存在しないのでしょうか。
「自衛のための侵略戦争」でも浮かばれないんでしょうか。
本当のことがなんであったとしても、それを浮かばれるように曲げたほうが良いのでしょうか。

まぁ、真実がどこにあるかなんていうのははっきり言ってわからないし、歴史認識なんていうのは生きている人のためにあると思いますし、歴史を発展的に未来に生かせないことがいちばん英霊に失礼なんだとは思いますけどね。

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戦う理由 goldwell2006/07/25 00:38:46ポイント6pt

そもそも戦争にはっきりした正義と悪というのはそうそう無いですよ。

人類の歴史はそのまま戦争の歴史といって良いと思いますが、私の知る限り、100%片方が悪い侵略戦争というのは稀ですね。

ホント戦う国同士で、それぞれ違う大義を振りかざし、相手の非道を糾します。


ただ近代・現代の事情として、国家指導の立場としては戦争をする理由は、経済的な問題が交渉のみで解決されない場合が多いみたいですが、実際に戦い、死んでいく兵士達はどう思っていたのでしょう。


http://www.sankei.co.jp/enak/2006/glace/may/kiji/17iouTou.html

実際に紙面の方も見ましたが、こちらの記事では硫黄島の戦いを映画化することが載っています。

追悼式典では、太平洋戦争で戦った日米の元兵士同士が涙を流して抱きあうそうです。

敵味方とは言え、一線の兵士はそれぞれ国・故郷・家族を守る為に戦ったということを理解しあえたわけです。

「英霊」と聞くと、戦争遂行の為に使われたプロパガンダ的な過去もあったわけですが、本来はそういった想いを残して死んでいった私達の先達の気持ちを偲ぶものだと思います。

ただ、外交努力で第二次大戦は回避できたはず。。 takokuro2006/07/25 18:46:54ポイント5pt

ヒットラー熱で浮かれた松岡外相が折角、英米大使らが取り付け、陸軍でさえそれに

賛成した【ハルノート】を排斥して、自分が結んできたスターリンらとの同盟を固守し、

結果開戦してしまいます。

となると。。。

今、A級戦犯とGHQに判定されてる軍人達も、その意味では職業軍人として、政府の

開戦する指示に従ったわけです。

大変な苦戦の中で、自分の職責を全うする為に部下にも厳しい要求をしたり、敗戦色強く、

武器も装備もままならない極限状況で、残されたのは自分達の体と心しかなかった。。。

そこで、、悲惨な戦争になったところがあると思います。。

ただ!! 一言!!これだけは若い方に忘れて欲しくないのは、、あの戦争は外交で相手国や世界の状況を掴んでる人たち、、(当時の政権では、発言権が無かった)(松浦外相が、自分より詳しいしっかりした官僚を40人辞めさせ更迭し、外務省を独裁したことを認めた点に首相の戦犯理由はあると思います)大使ら、(松浦に更迭された官僚ら)は、初めから【勝てるわけが無い】と、する前から当然の理の厳しい戦況と敗戦であったという昭和天皇陛下の無念さが伺われます。。

首相に、外相を何とかしてくれと言うけれど、ヒットラー熱の松浦を国民が指示し、止めることが出来なかった。。

国民には世界の情報が渡っていなかったから、松浦の熱狂で夢を見た。。と言う視点です。。

政府が国民に流す情報がその時の政府の独裁度により、違ってくると言うことです。。

本来の民主主義の社会では、、政府からもマスコミからも、指揮者ら、又、民間人みんなから様々な見識や感想が流れてくるのが普通です。。

仮にあの時点で回避できても、いずれ衝突したかも・・・ goldwell2006/07/25 19:29:57ポイント5pt

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8...

まぁ、実際ハル・ノートの提示と受諾に関しても、日米間の文化の違いによる誤解もあったらしいですが・・・。

あと不確かですが、この際脅威となってきた日本に難癖つけて懲らしめようというルーズベルト近辺の思惑もありそうです。


日本国内でも官・民ともに、(知英米)協調派より("無知"英米)強硬派の方が大きかったわけで、もう昭和16年の段階では外交努力による回避は、かなり難しかったのだろうと思います。


ちなみにヨーロッパでも、英・チェンバレン政権の宥和政策が、ヒトラーの軍事政策・行動を調子付かせたという見方もありますね(某新聞では現在の韓国の太陽政策の批判に引用される)。

自国での情報網構築の重要性・・ takokuro2006/07/25 21:28:48ポイント1pt

【ちなみにヨーロッパでも、英・・】

たとえライバル?国が調略を回らしていたとしても、こちらの外交技術や能力、それを支える最新詳細情報さえあれば、ノコノコそれに乗りはしません。見破るわけです。

そういう意味でも、自国での情報収集と精査、戦略を立てることの重要性があります。。

ハルノートについて takokuro2006/07/25 20:25:56ポイント4pt

1)英中日蘭蘇泰米間の不可侵条約締結

2)仏印の領土保全

3)日本の中国印度支那からの撤兵(★満州は日本側のものと認められていた)

4)日米の中華民国の承認(汪兆銘政権の否認)⇒これは他国の侵略をしたのですから、当然ですよね!

5)日米の海外租界と関連権益の放棄

6)通商条約再締結のための交渉開始 ★当時、世界一産油国、食料豊富なアメリカと交易ができるのですから、日英同盟での最初の大戦以来の目的がこれで満たされたわけですよね。。

7)米による日本在外資産凍結解除★有り難いですよね!

8)円ドル為替レート安定に関する協定締結 ★$1=¥360 固定ですよね。当時輸出するものが無く、輸入しないと生きていけなかった日本です。。経済産業の発達に力を注ぐ甲斐がある。。

9)第三国との太平洋地域における平和維持に反する協定の廃棄(日独伊同盟破棄)★ヒットラー、スターリンら

独裁主義とは早く縁を切るべきです。

10)本協定内容の両国による推進である。

ね!★それ程!悪い条件には思えません。。

フェアに立ってくれた条件、、当時の大使らの努力と政治能力を思います。。

しかし、ヒットラー熱に浮かされた松岡外相は、自分が結んだ日独伊同盟を推し進め、この好条件のハルノートを叩き潰します。

今、【骨太財政】と言って、人件費を削ってますでしょ?

国民も官僚を減らせと尻馬に乗ってたのが、いつの間にやら先頭に立って叫んでますでしょ?

でも!!一方で安保に呪縛されたアメリカ内政干渉(実質属国化政策)から離れる為に、

防衛も自国でするう必要が言われ、武器、軍備にエンジンがかかってきてますが、

本当に必要なのは、、その前にアメリカ国益あっての日本国益という今までの

視点でない世界情報が必要なのです。日本国家の益と世界平和という視点での

情報網、、これは他国に高額で分けてもらうと、その国に都合の良い情報だけに

高額を出すことになります。。

外交も本当は、こういう情報があればあるほど、外交努力の成果が上がるし、

その分、武器が必要でなくなるわけです。。(このテーマのハルノートを勝ち得た

英米大使らの力量と松岡外相の戦争政策と比較しても頷けると思います。。

まず、情報収集の第一歩は、世界中に公に公開されてる情報、マスコミ、文書の

解読と整理、、これだけで40人は必要とのことです。

そこが第一歩で、次は公にされてない、交渉ごとや、他国との情報網のgive&takeなど、

、、私には想像できませんが、、時にはスパイと言われる人も必要なのでしょうか??

で。本当に!自国の利益に則った、情報のもとで世界戦略の外交やその外交努力で

間に合わなかった時の防衛力、軍事費には、人件費がかなり増額されてこそ道理が合うと言うものではないでしょうか?

又、政治家というものは、小泉チルドレンやタレント議員らドシロウト(お下品ですみません)が政治を動かすこともあり、又、ヒットラー、スターリン、松岡外相のようなとんでもない政治家が独裁制を握ることもあるわけです。。

その時に必ずするのが、自分より詳しい、又、道理を通す有能な官僚達を更迭してしまい、

国民への情報コントロールして、自分の思う方向へ扇情していくわけです。。

烏合の衆、、と言われる由縁です。。

その道のプロである官僚達は、そういうリスクをある程度までは担保できることもあるのではないでしょうか?

他国との情報収集、整理、方針確立のスピードが外交努力での優先権を握ることになるわけですから。。

この部分は、本当なら削れないはずに思うのです。。

だとしたら、 castle2006/07/28 19:30:22ポイント3pt

なんでそんなに松岡外相は権力を持ってたんでしょう。

外相がなんでこんなにイニシアティブを握れてるのか不思議です。

松岡外相には何も決める権限はなかったですよ NY5052006/07/29 00:33:11ポイント1pt

松岡外相には何も決める権限はなかったですよ。

いわゆる荻窪会談 goldwell2006/07/28 20:24:37ポイント1pt

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%B4%8B%E5%8F%B...

詳しくはこちらに載っていますが、近衛内閣に外務大臣として就任する時に、外交のリーダーシップを取ることを総理及び、陸海軍のTOPに了承させたとあります。


どうも内外の状況や将来を冷静に見分けることよりも、自らの能力・見識に自負することが強く、やたらとプライドが高かった人物のような印象を持ちます。

それが国益にとって良い方向を目指していれば良かったのですが・・・。


結果的に、自分の実績である日独伊同盟に固執するあまり、日米交渉の芽を摘んでしまったということですね。

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