既に「ゆきおんな」「かさじぞう」「鶴の恩返し」「ごんぎつね」など、昔話や昔話風の童話が話題に上がっていますが、私はちょっと視点を変えて、インドアの冬ごもりモードでも心は日本中を旅していく、そんな民話探求の読書をお勧めしてみたいと思うのです。
ここでいう昔話と民話の違いは、前者がストーリー的に起承転結が整っていたり、物語としてのテーマが明確だったりするのに対して、後者は土地土地の伝説・伝承のたぐいであるという点。民話は、必ずしもお話としての体裁が整っているとは限らないのです。
昔の子供達が囲炉裏端で耳を傾けた物語は、その語り手であるおじいちゃんとかおばあちゃん、あるいはお父さんやお母さん達が、かつて聞いたその土地の伝説・伝承を元に、想像を膨らませて物語に仕立てたもの。きっとそんなのが始まりだったと思うんです。そういう昔話のエッセンスになってきた日本のフォークロア(民間伝承、民俗文化資産)、それがここで言う「民話」です。
まずは、突然民俗学の世界に行ってしまうのもなんですから、手始めはこんなところから。
日本昔話百選
- 作者: 稲田 浩二 稲田 和子
- 出版社/メーカー: 三省堂
- メディア: 単行本
これはお話として整ったストーリー性を持つ「昔話」の本ですから、冬の長い夜を「むかしむかし」に浸って過ごすには最適な一冊です。誰でも知っている懐かしい「五大おとぎ話」から、初めて聞くような珍しいお話まで、日本全国各地に伝わる昔話がその名の通り百編も集められています。まさにお話の玉手箱と言える一冊です。
この本の特色は、それぞれの話の郷土色を重視している点。土地の伝承も全国に広がると、だんだんお話の中に登場する土地土地の地名などは消えて、東の村だとか向こうの山といった一般名詞に置き換えられていきますが、この本にはそういった固有名詞もよく保存されています。
また、方言もそのまま記されているので、その土地の民家で囲炉裏にあたりながら耳を傾けているような臨場感が味わえるのもお勧めの点。さらに探求心のある人は、その方言に込められた独特のニュアンスや、標準語とは異なる語源からたどる解釈などから、数々の発見にも出会っていくことでしょう。そういった読み方に入っていくと、そろそろ心は伝説・伝承探求の旅に出かけ始めます。
そうしたら、次のお勧めはこんな本。
ご存じ、民俗学者・柳田國男さんの「日本の昔話」です。書名は「昔話」ですが、内容的には各地の伝説・伝承を聞いたままに飾らずまとめた、「昔話の骨組みの本」と言えるでしょう。
どのお話も簡潔にまとめられていますから、物語性を求めて読む人は、ちょっと情緒不足を感じるかもしれません。しかし、民話は語り手によって自在に脚色されて語られていく物ですから、自分が語り手となったつもりで心の中で反芻していくと、あたかもその物語の世界に入り込んだかのような感動が味わえたりもするのです。これは完成されたストーリーの物語ではちょっと得にくい、アクティブな民話の楽しみ方です。
こちらは一層、物語集から資料集へとシフトした感じの作りになっていますから、ますますお話本を求めて読む人には向きません。が、自らがクリエイターになって創造力たくましく物語を組み立てていく気持ちになって読んでいくと、素晴らしく奥の深い、リアルな「日本のフォークロア」が見えて来るのです。
受け身の姿勢で物語として完成している「むかしむかし」を聞いたら、それは本当に昔の話。今はもう失われてしまった世界のお話です。しかし、昔話にも、そのお話が成立した時があったのです。「お話聞かせて」とねだる子供のために、土地に伝わる言い伝えなどを元にして、少しでも楽しい物語に、あるいは心の奥に残って将来の糧となる物語に仕立ててやろうと工夫を凝らしていった時代。そこに遡って民話を受けとめていくと、それは今に息づく物語になっているのです。
また、余分な脚色が無い分、伝承の骨子がダイレクトに伝わってきますから、近隣の他のお話や離れた土地の同種のお話などとの比較が行いやすいのも本書の特徴です。伝説・伝承を類型化して掴んでいけると、様々な理解が一層深まります。
民話の世界
- 作者: 松谷 みよ子
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- メディア: 単行本
最後に、こんな本をお薦めしておきたいと思います。これは「龍の子太郎」などの作品で知られる、松谷みよ子さんの民話探求の本。
かつては誰もが民話の語り手だった。人々の中で生まれ育ってきた民話に「じかに触れる」ことで、この国の歴史と文化が分かる。人々の暮らしや生命の営みが肌で感じ取れる。「民話は山の向こうにあるのみではなく、自分自身もそして誰もが民話の語り手である」と。
そんな気付きを得て数多くの作品を生み出してきた著者の体験と数々の考察が、民話の奥深さや豊かな楽しみを教えてくれます。もしかしたらこの本は、前述の柳田國男さんの2冊より前に読んでおくのがいいかもしれません。
※ ※ ※ ※
と、こんなふうに、最初は囲炉裏端で「お話聞かせて」とせがむ子供のように。そして次第に自らが語り部となっていく。そんな民話の読み方で、長い冬の夜を楽しんでみませんか。囲炉裏はなくても、火鉢に炭を入れ、あるいはストーブや炬燵にあたりながら紐解いていくと、そこはしんしんと雪の降り積もる山の中の家。とんとんとん。誰かの戸を叩く音が聞こえるかもしれません。もしかしたら昼間助けた鶴でしょうか。あるいは笠を手向けたお地蔵様。それとも・・・・雪女。
ノスタルジーと幻想の世界に誘ってくれるジャパニーズ・ファンタジー。同時に地史であり民俗学であり自然科学の資料ともなる文献。夢の世界へも、学術の世界へも自在に誘ってくれる民話探訪で、心あったかな冬ごもりを楽しんでいきましょう。
既に「ゆきおんな」「かさじぞう」「鶴の恩返し」「ごんぎつね」など、昔話や昔話風の童話が話題に上がっていますが、私はちょっと視点を変えて、インドアの冬ごもりモードでも心は日本中を旅していく、そんな民話探求の読書をお勧めしてみたいと思うのです。
ここでいう昔話と民話の違いは、前者がストーリー的に起承転結が整っていたり、物語としてのテーマが明確だったりするのに対して、後者は土地土地の伝説・伝承のたぐいであるという点。民話は、必ずしもお話としての体裁が整っているとは限らないのです。
昔の子供達が囲炉裏端で耳を傾けた物語は、その語り手であるおじいちゃんとかおばあちゃん、あるいはお父さんやお母さん達が、かつて聞いたその土地の伝説・伝承を元に、想像を膨らませて物語に仕立てたもの。きっとそんなのが始まりだったと思うんです。そういう昔話のエッセンスになってきた日本のフォークロア(民間伝承、民俗文化資産)、それがここで言う「民話」です。
まずは、突然民俗学の世界に行ってしまうのもなんですから、手始めはこんなところから。
日本昔話百選
これはお話として整ったストーリー性を持つ「昔話」の本ですから、冬の長い夜を「むかしむかし」に浸って過ごすには最適な一冊です。誰でも知っている懐かしい「五大おとぎ話」から、初めて聞くような珍しいお話まで、日本全国各地に伝わる昔話がその名の通り百編も集められています。まさにお話の玉手箱と言える一冊です。
この本の特色は、それぞれの話の郷土色を重視している点。土地の伝承も全国に広がると、だんだんお話の中に登場する土地土地の地名などは消えて、東の村だとか向こうの山といった一般名詞に置き換えられていきますが、この本にはそういった固有名詞もよく保存されています。
また、方言もそのまま記されているので、その土地の民家で囲炉裏にあたりながら耳を傾けているような臨場感が味わえるのもお勧めの点。さらに探求心のある人は、その方言に込められた独特のニュアンスや、標準語とは異なる語源からたどる解釈などから、数々の発見にも出会っていくことでしょう。そういった読み方に入っていくと、そろそろ心は伝説・伝承探求の旅に出かけ始めます。
そうしたら、次のお勧めはこんな本。
日本の昔話 (新潮文庫)
ご存じ、民俗学者・柳田國男さんの「日本の昔話」です。書名は「昔話」ですが、内容的には各地の伝説・伝承を聞いたままに飾らずまとめた、「昔話の骨組みの本」と言えるでしょう。
どのお話も簡潔にまとめられていますから、物語性を求めて読む人は、ちょっと情緒不足を感じるかもしれません。しかし、民話は語り手によって自在に脚色されて語られていく物ですから、自分が語り手となったつもりで心の中で反芻していくと、あたかもその物語の世界に入り込んだかのような感動が味わえたりもするのです。これは完成されたストーリーの物語ではちょっと得にくい、アクティブな民話の楽しみ方です。
日本の伝説 (新潮文庫 や 15-2)
こちらは一層、物語集から資料集へとシフトした感じの作りになっていますから、ますますお話本を求めて読む人には向きません。が、自らがクリエイターになって創造力たくましく物語を組み立てていく気持ちになって読んでいくと、素晴らしく奥の深い、リアルな「日本のフォークロア」が見えて来るのです。
受け身の姿勢で物語として完成している「むかしむかし」を聞いたら、それは本当に昔の話。今はもう失われてしまった世界のお話です。しかし、昔話にも、そのお話が成立した時があったのです。「お話聞かせて」とねだる子供のために、土地に伝わる言い伝えなどを元にして、少しでも楽しい物語に、あるいは心の奥に残って将来の糧となる物語に仕立ててやろうと工夫を凝らしていった時代。そこに遡って民話を受けとめていくと、それは今に息づく物語になっているのです。
また、余分な脚色が無い分、伝承の骨子がダイレクトに伝わってきますから、近隣の他のお話や離れた土地の同種のお話などとの比較が行いやすいのも本書の特徴です。伝説・伝承を類型化して掴んでいけると、様々な理解が一層深まります。
民話の世界
最後に、こんな本をお薦めしておきたいと思います。これは「龍の子太郎」などの作品で知られる、松谷みよ子さんの民話探求の本。
かつては誰もが民話の語り手だった。人々の中で生まれ育ってきた民話に「じかに触れる」ことで、この国の歴史と文化が分かる。人々の暮らしや生命の営みが肌で感じ取れる。「民話は山の向こうにあるのみではなく、自分自身もそして誰もが民話の語り手である」と。
そんな気付きを得て数多くの作品を生み出してきた著者の体験と数々の考察が、民話の奥深さや豊かな楽しみを教えてくれます。もしかしたらこの本は、前述の柳田國男さんの2冊より前に読んでおくのがいいかもしれません。
と、こんなふうに、最初は囲炉裏端で「お話聞かせて」とせがむ子供のように。そして次第に自らが語り部となっていく。そんな民話の読み方で、長い冬の夜を楽しんでみませんか。囲炉裏はなくても、火鉢に炭を入れ、あるいはストーブや炬燵にあたりながら紐解いていくと、そこはしんしんと雪の降り積もる山の中の家。とんとんとん。誰かの戸を叩く音が聞こえるかもしれません。もしかしたら昼間助けた鶴でしょうか。あるいは笠を手向けたお地蔵様。それとも・・・・雪女。
ノスタルジーと幻想の世界に誘ってくれるジャパニーズ・ファンタジー。同時に地史であり民俗学であり自然科学の資料ともなる文献。夢の世界へも、学術の世界へも自在に誘ってくれる民話探訪で、心あったかな冬ごもりを楽しんでいきましょう。