父の携帯に頻繁にメールが届くようになりました。突然メールの量が多くなったのも変ですが、サッと目を通してその場で消してしまう仕草も怪しげです。その後数回、休日に行き先も告げずに出かけることがありました。それでもまだ母は、父に限って変なことは絶対しないはずと信じていたようでしたが、ついに父らしい人が十代の女の子と街を歩いていたとの噂を聞きつけては黙っていられません。
母が私の部屋にやってきて、あんたももう子供じゃないんだからこんな話をしても大丈夫よねと前置きをして、ことの次第を話してくれました。
「ちょ、ちょっと待ってよ、それは全て憶測と噂だろう?」
「でも、あんたも最近のお父さん、なんかおかしいって思わなかった?」
「うーん」
日が暮れて星が出はじめるころ、父から「そろそろ帰るよ」と電話が入りました。電話を取った母は、妙に声がウキウキしておかしい、もしかしてこれも何かを隠してる証拠?と涙目です。
うわぁ、まいったなぁ、いつも人一倍仲良しの夫婦だけに、ぶつかったらこれまた人一倍大騒動になるかもしれない、義務で一緒にいる夫婦と違って、愛でつながっている夫婦はその絆が切れたらおしまいだぞと、私の脳裏にも不安がよぎりました。
「お、落ち着いて、とにかく確かなことは何もわかってないんだから、お父さんが帰ってきたら話を聞こう」
「う、うん」
ドアを開ければ裁判(?)が待っているとも知らずに家路を急いでいるであろう父が、ちょっとばかり哀れでした。
バタンとドアが開いて、父が「ただいまー」と帰ってきました。母は無言で立ってキッチンでお湯を沸かすと、三人分のお茶を淹れてテーブルに置きました。父が座ってお茶を一口。
「ふーっ、うまい、今日はサービスがいいな」
「あなた、今日はどこに行ってらしたんですか」
「今日?今日は同僚の何々君の知り合いの…」
「それじゃ先週の土曜日は?」
「同じだよ、同僚の何々君の…」
「うそ!!」
うわー、母がバクハツし始めました。
「先週、見た人がいるんですよ、あなたが十代の若い女の子と歩いてたのを」
父は最初キョトンとしていましたが、ハッと気が付いたようにテーブルに両手をついて、がばっと頭を下げて「隠していてすまなかった」と叫びました。母は立ち上がって、両手を拳骨に握りしめました。まずいです、両の手が震えています。
ま、まぁ聞いてくれと父が話し始めたのは、こんな話でした。
同僚の人の知り合いの娘さんでバンドを始めた高校生がいる。しかし女子校の友だち同士で組んだバンドなので、まだ練習をどこでやったらいいかも分からない状態だ。このまま放っておくとライブハウスなどに出入りし始めて、そこで知り合った男子に頼ることになるだろう。親としては急に交友関係が変わるのは心配だ。そこで見識のある社会人でバンド経験のある人に当面のアドバイスを頼めないかということになって、俺の所に話が来たわけだ、と。
母は俄には信じがたい様子でしたが、そこで携帯の振動音が聞こえました。父は携帯を取り出してメールを読み、ほら、と母に渡しました。母の口元が緩んで、ぷっと吹き出しました。
「読むわよ、
『おっちゃん今日はありがとう。紹介してくれた練習スタジオはお値段も手頃だしみんな大賛成です。いつかライブ出来る日が来たらおっちゃんも招待するね。』
だって。ぷっ…、あなた、おっちゃんて…、おっちゃんて呼ばれてたの?」
「あいつら人のこと調子こいて変な呼び方しやがって。ただでさえ女子高生のバンドの面倒なんて恥ずかしいのに、これじゃみっともなくて家では話せなかったんだよ」
少年のように真っ赤になって恥ずかしがっている父の言葉に嘘はありません。母も少女のように父を見つめて、
「ごめんなさい、一時でもあなたを疑ったりして」
「いいんだよ、隠してた俺が悪かった」
大団円~~。私は緊張の糸がほぐれたのと、この二人のあまりにベタな愛の囁きに、もう椅子から転げ落ちそうに笑ってしまいました。
「なによ、失礼な子ね」
「わかりました、わかりました、あとはお若いお二人に…、違った、おっちゃんとおばはんにお任せして、若いもんは席を外します」
その晩の遅い夕食は、やたらご馳走でした。父は、うん、うまいとご満悦。母はちょっと意地悪そうに、
「女子高生じゃこういう料理は無理よね、おっちゃん」
父は、その呼び方やめてくれ~とまた真っ赤になって恥ずかしがっていました。
父の携帯に頻繁にメールが届くようになりました。突然メールの量が多くなったのも変ですが、サッと目を通してその場で消してしまう仕草も怪しげです。その後数回、休日に行き先も告げずに出かけることがありました。それでもまだ母は、父に限って変なことは絶対しないはずと信じていたようでしたが、ついに父らしい人が十代の女の子と街を歩いていたとの噂を聞きつけては黙っていられません。
母が私の部屋にやってきて、あんたももう子供じゃないんだからこんな話をしても大丈夫よねと前置きをして、ことの次第を話してくれました。
「ちょ、ちょっと待ってよ、それは全て憶測と噂だろう?」
「でも、あんたも最近のお父さん、なんかおかしいって思わなかった?」
「うーん」
日が暮れて星が出はじめるころ、父から「そろそろ帰るよ」と電話が入りました。電話を取った母は、妙に声がウキウキしておかしい、もしかしてこれも何かを隠してる証拠?と涙目です。
うわぁ、まいったなぁ、いつも人一倍仲良しの夫婦だけに、ぶつかったらこれまた人一倍大騒動になるかもしれない、義務で一緒にいる夫婦と違って、愛でつながっている夫婦はその絆が切れたらおしまいだぞと、私の脳裏にも不安がよぎりました。
「お、落ち着いて、とにかく確かなことは何もわかってないんだから、お父さんが帰ってきたら話を聞こう」
「う、うん」
ドアを開ければ裁判(?)が待っているとも知らずに家路を急いでいるであろう父が、ちょっとばかり哀れでした。
バタンとドアが開いて、父が「ただいまー」と帰ってきました。母は無言で立ってキッチンでお湯を沸かすと、三人分のお茶を淹れてテーブルに置きました。父が座ってお茶を一口。
「ふーっ、うまい、今日はサービスがいいな」
「あなた、今日はどこに行ってらしたんですか」
「今日?今日は同僚の何々君の知り合いの…」
「それじゃ先週の土曜日は?」
「同じだよ、同僚の何々君の…」
「うそ!!」
うわー、母がバクハツし始めました。
「先週、見た人がいるんですよ、あなたが十代の若い女の子と歩いてたのを」
父は最初キョトンとしていましたが、ハッと気が付いたようにテーブルに両手をついて、がばっと頭を下げて「隠していてすまなかった」と叫びました。母は立ち上がって、両手を拳骨に握りしめました。まずいです、両の手が震えています。
ま、まぁ聞いてくれと父が話し始めたのは、こんな話でした。
同僚の人の知り合いの娘さんでバンドを始めた高校生がいる。しかし女子校の友だち同士で組んだバンドなので、まだ練習をどこでやったらいいかも分からない状態だ。このまま放っておくとライブハウスなどに出入りし始めて、そこで知り合った男子に頼ることになるだろう。親としては急に交友関係が変わるのは心配だ。そこで見識のある社会人でバンド経験のある人に当面のアドバイスを頼めないかということになって、俺の所に話が来たわけだ、と。
母は俄には信じがたい様子でしたが、そこで携帯の振動音が聞こえました。父は携帯を取り出してメールを読み、ほら、と母に渡しました。母の口元が緩んで、ぷっと吹き出しました。
「読むわよ、
『おっちゃん今日はありがとう。紹介してくれた練習スタジオはお値段も手頃だしみんな大賛成です。いつかライブ出来る日が来たらおっちゃんも招待するね。』
だって。ぷっ…、あなた、おっちゃんて…、おっちゃんて呼ばれてたの?」
「あいつら人のこと調子こいて変な呼び方しやがって。ただでさえ女子高生のバンドの面倒なんて恥ずかしいのに、これじゃみっともなくて家では話せなかったんだよ」
少年のように真っ赤になって恥ずかしがっている父の言葉に嘘はありません。母も少女のように父を見つめて、
「ごめんなさい、一時でもあなたを疑ったりして」
「いいんだよ、隠してた俺が悪かった」
大団円~~。私は緊張の糸がほぐれたのと、この二人のあまりにベタな愛の囁きに、もう椅子から転げ落ちそうに笑ってしまいました。
「なによ、失礼な子ね」
「わかりました、わかりました、あとはお若いお二人に…、違った、おっちゃんとおばはんにお任せして、若いもんは席を外します」
その晩の遅い夕食は、やたらご馳走でした。父は、うん、うまいとご満悦。母はちょっと意地悪そうに、
「女子高生じゃこういう料理は無理よね、おっちゃん」
父は、その呼び方やめてくれ~とまた真っ赤になって恥ずかしがっていました。