まずは正統派の名君からいきます。
保科正之
名君 保科正之公とは
二代将軍秀忠のご落胤ではあったものの、正室の癇気を恐れたために将軍家血縁者としての待遇を得られず、高遠藩保科家養子になり、家光の代の後半になってようやく幕政に参加した人物。
あくまでも臣下としての礼節を守って忠誠を尽くしたその謹厳実直な人柄を家光に愛され、会津藩領と松平姓を賜ったが、正之の代は保科姓を通したという。
(幕末に京都守護職に任じられた松平容保は子孫)
家光後半から次代の家綱にかけては、武断政治から文治政治に切り替わる時代であり、そこで幕府への不満を鎮め体制を安定させるために中心的な役割を果たしたと言えるでしょう。
大火で焼きだされた庶民への救済に加え、道路の拡張や火除け空き地の整備など江戸の防災面での功績はあるのですが、あまり知られていないかもしれません。
ちなみに火災で焼け落ちた江戸城の天守を、もはや実用的な意味があまりなく単に見た目だけものであり、無駄な出費は避けるべきと主張したために以後再建されることがなくなったそうです。
会津藩初代藩主としても産業の育成と振興に努め、領民に対して慈愛に満ちた政策を行っていました。
もっとも正之自身は幕政に忙しかったために、実務的には名家老と呼ばれた田中正玄らの尽力も大かったようです。この名君にして名臣ありといった感じです。
将軍から絶大な信頼を得たこと、そして流行の朱子学に傾倒したことにより将軍への忠誠を第一とする遺訓を遺しましたが、それが幕末の悲劇を呼ぶきっかけになるとは歴史の皮肉というか、いかな名君と言えども200年後までは見通すことはできなかったのだなぁという感慨を持ちましたね。
松平容保を主人公とする『王城の護衛者』で会津藩の成り立ちについて触れていますが、その冒頭文はまさに司馬遼太郎ならではの名文句だと思っています。
会津松平家というのは、ほんのかりそめの恋から出発している。
保科正之本人の生涯とその活躍を存分に描いた小説としては『名君の碑』があります。
真田信之
真田伊豆守信之(信幸)松代十万石の祖
「真田三代」でググると、多くは幸隆・昌幸・幸村(信繁)と出ますね。
伝説と化した真田幸村の知名度は確かに高いし、私も真田氏を知るきっかけは幸村の活躍を描いた小説でしたが、むしろ徳川政権下で敵視されながらも真田の家名を保った信之こそ名君として評価したいと思います。
江戸時代初期は多くの大名が難癖つけられて改易・減封の憂き目に遭いました。
関ヶ原の戦いで自身は東軍についたとはいえ、たびたび徳川を苦しめた父と弟のために長年嫌がらせを受けましたが、そこは決して落ち度を見せずに隠忍自重してやり過ごす。
その点で謀将として名高い父や祖父の才能を受け継いでいるんでしょう。
しかしこの人は子孫に恵まれなくて、嫡子と嫡孫が早逝した後、新たに後継に指名した次男にまで死なれ、残った子らが跡継ぎ争いを始めてしまう。
とっくに引退していた信之はなんと93歳にして現役復帰して藩政を執り、後継者争いに決着をつけました。
同年、死去したというから最後の最期まで気が抜けなかった人生なのでしょうね。
江戸時代以降の上田~松代時代の真田信之および江戸中期以降の真田家の話が収録されている『真田騒動-恩田木工』が良かったです。
名君と言えば江戸時代屈指の名君として名高い上杉鷹山(治憲)を挙げようと考えてました。
上杉鷹山
たぶん先に出るかな~と思っていたらやっぱり出ちゃいましたけど。
この人の功績としては、破産寸前で領地返上論まで出ていた米沢藩主に就任して身分を問わず有能な財政家を活用して改革を行ったこと。
改革に反対する守旧派を退け、登用した人材が活躍できるように責任を負ったこと。
将来を見据えて藩学校を再興させたことでしょうかね。
在職中も決して順調ではなく幾多の災難に見舞われましたが、最後まで信念を貫き通すことは君主としてなかなかできることではありません。
小説としては、藤沢周平の遺作『漆の実のみのる国』がお薦めですが、本当の意味で上杉鷹山の治世を最後まで書けずに終わってしまったのが残念です。
続いて(良い意味で)変人な殿様
古田重然(織部)
古田織部 天下一の茶人となった武将
安土桃山時代に隆盛を極めた茶の湯に入れ込み、弟子入りした千利休の後を継承しつつも「織部好み」と呼ばれる独特の一大流行をもたらし天下の茶人となった人物です。
私は名前しか知らなかったのですが、『へうげもの』(『出世』と『物』、2つの【欲】の間で日々葛藤と悶絶を繰り返す戦国武将【古田織部】の物語)でその破天荒な人物像に驚き、惹かれたものです。
茶器のために命を賭していたかもしれない本物の数寄者です。
実際のところ、大名としては小規模(数万石程度)ながら、茶の湯を通じて朝廷、貴族、寺社、経済界と様々なつながりを持ち、全国の大名にすら多大な影響力を与える存在にもなっていたこと。
(『へうげもの』では茶室で相手を調略するシーンがよく出てきますが、日本の密室談合には茶道が影響しているのか?と勘ぐってしまったり)
自前の窯を持ち、職人や陶工らを多数抱え創作活動を競わせ、自らはいわば茶の湯のコーディネーターとして指導にあたり、その陶芸文化を今日まで遺したこと。
それでいて反骨精神に溢れ、豊臣秀吉に追放された千利休を他の弟子や知人が憚っていた中で平然と見送ったり、敗勢明らかな大坂の陣の豊臣氏に肩入れした為に切腹を命じられたり(他にも色々理由はあるのだろうけど)。
とにかく自身の生き方には妥協を許さなかった人物だったのでしょう。
鍋島直正(閑叟)
幕末の名君…「肥前の妖怪」佐賀藩主・鍋島直正
貧窮していた藩財政を自らの手腕で見事に立て直し、積極的に西洋技術を導入して軍制改革まで行ったのですから名君と言ってもいいでしょう。
しかし幕末の時代に佐幕、尊王、公武合体派のいずれとも均等に距離を置き、それでいながら藩単独で反射炉を作ったり、蒸気船を作ろうしたあたり、何を考えているのかわからない(「肥前の妖怪」との評)技術オタクぶりがうかがえますね。
佐賀藩と言えば「葉隠」が有名ですが、藩主自らこれからの時代はそのような精神主義ではやっていけないと看破し、徹底的な合理主義・物理主義に走るのです。
そのカリスマ性によるものか、あるいは藩をあげて技術レベルをあげることに熱中していたためか、他藩のように政治的な内部対立はさほど起きず、ちゃっかりと最後には官軍に加わって平和裏に明治を迎えられたのはこの人のおかげでしょうか。
惜しむらくは明治維新後すぐに没したこともあって、彼と肥前の人材が明治の世で力を発揮する機会を得られなかったということですね。
鍋島直正を描いた小説としては、『酔って候』所収のまんま「肥前の妖怪」という短編がありました。
おまけとして、明治以降にたびたび徳川の名が登場するのが面白いです。
その一人として、慶喜に代わって徳川宗家を相続した徳川家達は静岡県知事を経て貴族院議員・貴族院議長を務め、ワシントン軍縮会議での首席全権でもありました。
徳川家達
一時は組閣の大命が下りたこともあったのですが、一族の反対で実現せず。
明治に徳川内閣が誕生すれば面白かったのになぁと無責任に思ったりして。
多趣味でその他にもいろいろとご活躍だったそうですが、一方でおおっぴらに言えない性癖も持っていたとか…。
私は読んでいないのですが、fujiponさんによる『第十六代徳川家達――その後の徳川家と近代日本』の読書感想がなかなか興味深いのでリンク貼っておきます。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20130310
それから没落した清水徳川家の出で、日本初の動力飛行を成し遂げた徳川好敏は黎明期の日本航空界の第一人者であったようです。
徳川好敏
明治維新になって殿様商売がうまくいかずに没落した家も多かったようですが、中にははっちゃけて得意な分野で活躍した殿様もいたのでしょうね。
私(質問者)の好みは配慮してくださらなくて結構です。
××は見ました、というコメントを書いたりしますが、私が未見かどうかではポイント差をつけません。有名な人物でも気にせず挙げてください。
私は歴史・時代ものにさほど詳しくないので、ややていねいめに解説してくださると助かります。
既出とかぶる回答は、魅力を独自の言葉で熱く語っていればOKです。
殿と王の間には、ちょっとした堀が穿たれていそうで。
殿様育ち、のような“世事に疎い人”やトノサマバッタまで含めるのはちょっと広げすぎかな。
架空縛りだと私の守備範囲では厳しいな~と思っていたんですが、実在もアリだと逆に候補が多すぎて大変そうです(笑)
日本の偉い(地位・身分が高い)人であれば、将軍や帝でも構いません。
人の上に立つ人物が持つ魅力って、どんなの? というあたりに特に興味があります。
世界の王様や君主は、また別の機会にぜひ!
回答楽しみにお待ちしております♪
それは圏外だろ、ってのもこちらならにこやかに歓迎いたします(^^)
お殿様のお題で思ったのが、不自由なお殿様。
本来はトップなはずなのに、諸々の事情で自由がないどころか、謂れのない誹りまで受けるような。
ぱっと思いついたのは、隆慶一郎の「捨て童子・松平忠輝」。
読んでからずいぶん経つので、お殿様のラベルがつけられるのかどうかもよく覚えてないんですが。
# 読み直す時間もなくて、すみません
今回お越しいただけないとのこと、残念です。とはいえ、いつも素敵な回答をありがとうございます。次はいつになるかわかりませんが、もしお目にとまりましたら、よろしくお願いします。
■なぽりんさん
ユルキャラ津島版ありがとうございます。つし丸、ユルいなあ。彼ははちまるくんより殿様っぽいですが、殿様ではないですよね?
ベストアンサーは、No.15のgoldwellさんに。これまで時代物とは縁が薄い読書生活を送ってまいりましたが、このあたりからなら入っていけそうな気がします。
No.9なぽりんさんが挙げてくださった徳川宗春も魅力的です。
ポイントは、回答の熱烈度や何かで、幾許か差をつけました。寂しすぎる回答については、かなり低めになってます。あしからず。
さて、ほぼ4週にわたって続きました《初夏の群雄カーニバル》は本質問をもって散開いたします。
皆様たいへん丁寧に回答してくださって、本当にありがとうございます。篤くお礼申し上げます。
剣豪・射手・スパイ・殿様と、これまであまり縁がなかった分野の創作物をたくさん紹介していただいてとても嬉しいです。いずれも面白そうでワクワクしております。
そのうちまた妙なお題をひっさげて舞い戻ってまいりますので、お目に留まりましたら懲りずに回答してくださいませ。
実は1年ほど人力検索ブランク期間がありまして、質問の方は3月にしましたが、回答の方はlibrosさんの「魅力的な架空の剣豪または剣の達人を紹介してください」をたまたまブックマークニュースで見かけたのがきっかけだったんですよね。
この四回の質問で久しぶりに回答する楽しさを味わえましたし、皆さまの回答・コメントに随分楽しませてもらいました。
いつかまたlibrosさんや回答者の皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
いやまぁ質問してみようかなぁと考えてる腹案は以前からあるにはあるんですけど、なかなか実施の運びにならなくて・・・。
今回の質問群は割と気楽に始めたのですが、思いがけず蒙を啓かれ、この世にはまだまだ面白いものが一杯あるんだな!ということを実感しました。そうでなくても“読むつもりの本”が読み切れないほどあるのに、さらに増えちゃいましたよ(嬉しい悲鳴)。
今後もいろいろご教示くださいませ。どうぞよろしくお願いいたします。