その参考として、世間の方が何を根拠に眞須美さんをこの事件の犯人だと思っているのか知りたいのですが、教えてもらえないでしょうか?
マジメに答えてくださる方いましたら、よろしくお願い致します。
http://d.hatena.ne.jp/ken-kataoka/
世間の人は、たいした根拠を持ってはいないと思いますよ。
そもそも、入ってくる情報はマスコミが作り上げた情報がほとんどです。
警察や検察じゃないんですから、事実を把握してる人はあまりいないと思います。
有罪という根拠を持っていないのと同時に、無罪という確たる証拠も持っていないのが現状でしょう。
どこかに犯人はいるのですから、誰かを犯人にしなくては収まりがつかないというのもあると思います。
林眞須美さんが無実だと思っていらっしゃるのでしたら、ブログでそのことを世間に広めるよりも、裁判での有罪の根拠を崩す事をご検討された方が良いと思います。裁判所は世論で動くとは思えませんから。
はっきり言って警察が捕まえたから、と言うのが最大の要因でしょう。
日本では刑事事件で起訴された者の九割近くが有罪になりますから、捕まえた時点で犯人と決まったようなものと、一般の人は考えているでしょう。
司法が実質的に行政官によって行われ、裁判以前の段階で事実上の「判決」が下されると言えましょう。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/38d4a7aab7eb22e556d128473c233...
私もあの事件には幾つかの不合理な部分があり、警察検察は説明できていないような気がします。
頑張って下さい。
ご回答、ありがとうございます。
>はっきり言って警察が捕まえたから、と言うのが最大の要因でしょう。
決して悪い意味ではなく、身もフタもないご意見ですね;^ ^
しかし、おっしゃる通りのように思います。
実際のところ、この事件に限らず、世間の多くの人たちが、刑事事件の被疑者・被告人を有実だと思い込むのに根拠って実質的に何も無いんですよね…
>私もあの事件には幾つかの不合理な部分があり、警察検察は説明できていないような気がします。
ということをおっしゃられるということは、mododemonandatoさんは、世間の多くの方々より、この事件についてお詳しいのだろうと推測します。
実際のところ、この事件については、不合理な部分があるというより、検察の立証も裁判所の認定も大半が不合理なのですが、コツコツやっていきたいと思います。
激励の言葉も含め、ありがとうござます。
励みになりますm(_ _)m
「私たち夫婦は保険金詐欺のプロ。金にならんことはやらん。真犯人は別」
これでも、説得力にかけますけどね。
>和歌山毒物カレー事件は、1998年7月25日夕方、
>和歌山県和歌山市の園部地区で行われた夏祭において、提供されたカレーに毒物が混入された
>事件。
関係者以外が犯人である確率は低いと思うのですが、
真犯人がいるとしたら、どういう人が想定できるんでしょうか?
いないんだったら、限りなくグレーじゃないでしょうか?
ご回答、ありがとうございます。
>関係者以外が犯人である確率は低いと思うのですが、
私もそう思います。
>真犯人がいるとしたら、どういう人が想定できるんでしょうか?
いないんだったら、限りなくグレーじゃないでしょうか?
率直なご意見、参考になります。
実は私も、「林真須美じゃなかったら、犯人は誰なんだ?」というところに、最終的に話は集約されるのかな?と思っております。
他ならぬ裁判官(とくに二審の裁判官)ですら、そのような心情から有罪判決を言い渡しているのではないか、と私は感じておりますから。
率直なご意見、常に念頭に置かせて頂きます。
ありがとうございましたm(_ _)m
1.黒白談義 ~ 誰のために論じるか ~
>何を根拠に眞須美さんをこの事件の犯人だと思っているのか<
一般の人が、なんらかの根拠にもとづいているはずではありません。
伝聞や風評、聞きかじりや思いこみ、迷信のたぐいです。
マスコミの慣習的協定で、刑事裁判の被告には敬称を略します。
質問者が「さんづけ」を採用されているのは、なんらかの立場や意図
が感じられ、公正な議論を求めるには、逆効果ではないでしょうか。
犯罪に関する(ネット上の)論考は、つぎの四通りに分類できます。
A.ケース・スタディとしての法律論。B.事件の経過を要約するもの。
C.特定の立場から擁護・非難するもの。D.傍観的感慨を述べるもの。
ネット文化の、いちじるしい成果は、犯罪学の分野にみられます。
よほど事情がないかぎり、第三者が刑事事件について研究することは
困難だったのに、情報公開の波が一挙に可能性を拡大したからです。
2.旗幟鮮明 ~ 弱者が群れるわけ ~
だれもが、三段論法という言葉を知っていますが、実際の日常生活で
応用できる人は、十人に一人、あるいは百人に一人とみられます。
教師や警官の業務も、ほとんど二段論法で事たりるようです。
最近は、法廷にも二段論法の人々が横行し、どの事件でも、マスコミ
やコメンテーターが、通行人と同じレベルの意見を述べています。
騒いでトクをする人ばかりで、堂々正論を語る人が見あたりません。
いつも大勢の味方であるために、めぼしい敵が必要になるのでしょう。
Q&Aサイトでも、オウムやホリエモンやミウラを語ると、あたかも
極悪人に味方するように誤解され、議論がつづきません。
わたしは、犯罪の要因は、すべての人の心の中にあり、畏怖をもって
峻厳な態度で分析し、処刑によって贖われるべきだと考えています。
被害者の遺族と同様に、加害者の遺族にも十全の配慮が必要です。
3.持論検証 ~ わたしのコメント&ブログ ~
http://q.hatena.ne.jp/1204387628#c115955
司法の大原則 ~ 人を罰して、品を憎まず ~
http://q.hatena.ne.jp/1200292948#c112368
二段論法の人々 ~ AはBだからCなのよ ~
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030725
カレーの市民 ~ 苦悩の群像 ~
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19870510
獄窓14142日 ~ 老フレスコ画家の死 ~
ご回答、ありがとうございます。
>マスコミの慣習的協定で、刑事裁判の被告には敬称を略します。
質問者が「さんづけ」を採用されているのは、なんらかの立場や意図が感じられ、公正な議論を求めるには、逆効果ではないでしょうか。
とのご意見、参考になります。
実際のところ、私も呼び方は「林眞須美被告人」にすべきか否か、迷ったのです。
私は商業誌でも細々と原稿を書いておりまして、そちらでは「さんづけ」は採用しておりませんが、ブログなどでも「さんづけ」は避けたほうが得策かもしれませんね。
検討してみます。
その他の部分も興味深く拝読させて頂きました。
ありがとうございますm(_ _)m
私も他の方と同様に、なんで?と聞かれたらちょっとわからなくなってしまいます。
やはり、ニュースで報道されているされ方や
裁判で判決が出ていることに起因するのではないでしょうか
実際一般の人は事の経緯は知りません
けれど、この人が犯人だ、なんてひどいヤツだ、と話題にするとき
脳裏に浮かぶのはニュースや雑誌に掲載されていることを
手がかりに話をして、どんどん犯人だと自分の中で確信をもっていくのではないでしょうか。
さんづけに関してですが、
特に違和感はありませんでした。
なぜなら被告を擁護している人ですよね?
だったら、それは当然じゃないでしょうか。
では、これが無罪だったら?
当然、いっせいにさんづけに変わりますよね。
呼び方はそれぞれが正しいと思う、自分がどちらの立場かを示すための言葉だと思います。
冤罪事件などが世の中にはありますが、
そういう事件の被告の知りあいだった場合、
○○さんは絶対やっていない、こういうシーンでこんな態度をとるような人だとか
そんな風に書くと思います。
ただ、ブログをみるのは普通の人が多いですよね
例えばそこら辺にいる高校生だったり、ニュースに興味ない大人だったり
なんらかの縁があってそのページにたどり着いたりする可能性が大です
そういう時に、おそらく世間一般では犯人だと思っている被告人を
丁寧にさんづけにしたりして擁護している姿はあまりいいものではないかもしれません。
例えば被害者だったり、被害者と同様な年齢の家族を持つ人だったり、このニュースでこころを痛めた人がそれをみると、もし無罪になったとしても今有罪だと結果が出ている状況では何?この人、犯罪者の味方して!と思うかもしれません。
怒りの矛先があなたに向くのではないでしょうか・・・
どちらがいいか、わからないですね・・・
ただ、そういうマスコミの慣習があるならそれに習ったほうがいいかもしれません。
ご回答、ありがとうございます。
>世間の人は、たいした根拠を持ってはいないと思いますよ。
おっしゃる通りだと思います。
おっしゃる通りの中、マスコミの情報のうち、どのあたりで世間の方々の有実心証が形成されたのかが、知りたいところなのですが…
ただ、
>どこかに犯人はいるのですから、誰かを犯人にしなくては収まりがつかないというのもあると思います。
とお聞きして、やはり結局そういうところなのかな?と思わされました。
参考になりました。
ありがとうございますm(_ _)m