フリートークです。
1.今回の件、公式参拝反対派の私が見ても
「出来すぎている」「捏造の可能性あり」と思います。
もし捏造の場合、参拝反対派は壊滅的ダメージを受けるでしょうし、
最悪日経は倒産するかもしれません。
この件についてフリートーク願います。
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20060721
むしろ、合祀勢力によって、分祀勢力は「嵌められた」のではないか?
2.この件が国政に影響を及ぼすことは、日本の民主政治が君主の意向によって
左右されてしまう、という「民主主義の重大危機」なのに、そういう
視点の報道はゼロです。
天皇制に反対している日本共産党までもが、参拝反対派の尻馬に乗るのは
いかがなものか?
この件についてもフリートーク宜しくです。
だとしたら、マスコミの想定する「視聴者としての国民のレベル」が
低く見積もられているようで、それはそれでいい気分がしませんね。
視聴率稼ぎと情報の質を分離できるシステムもなさそうですし。
民主党メール問題をみても、煽るだけ煽って
自分たちは他人事といった無責任な振る舞いを見てしまうと
国民の鏡とかいった話を超えた問題を抱えていると疑っておいて丁度よいかと。
100%であることを証明しようとすれば。天皇自らが
公の場で発言する、というぐらいのことをしていな
ければなりませんからね。しかし、そのようなこと
をしなかった昭和天皇は立場を理解していた立派な
方だったと思います
そうなのかもしれないですね。
ま、もうそろそろ素人にはついてけなくなってきたから、
専門家(昭和史研究家?)の判断を仰ぎたいモノです。
ただ、ちょっとイチャモンつけますと、
報道機関が全て真実を報道している、とは限らないのです。
報道機関だけしか知り得ない真実もあるでしょうし。
「99.9%は仮説」なのですから、何事にも疑いの目を持って臨む、というのは、
それはそれで重要な態度だと僕は思いますが。
発表のタイミングは、政治的な利用を考えていたとしか思えませんね。
確かに、良い気分ではない。仮にそのような意図がなかったとしても、後味の悪さが残る。
早速のご回答ありがとうございます。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060720dde00104...
これらを鑑みると、1975年という年が親拝最後の年となったというのは確かに説得力があるように見えます。
そう言えば1975年という年は三木首相が8月15日の終戦記念日に参拝を行った問題の年でもありました。
ここから参拝に3年の空白があいたのは国会で野党が天皇参拝を追及したことが原因という声もあったようですが、昭和天皇は1945~75年の間に8回しか参拝されてません。つまり元々数年おきに参拝されていたわけで、国会の追及があったというのは関係なく、1978年10月に合祀されなければ参拝を続けておられたという可能性は元々高かったわけですよね。
TomCatさんおっしゃりたい意味がほぼ分かりました。
>にも関わらず、なぜそれをこうもタイミング良く持ち出して「大ニュース」にして見せたのかという、その意図をこそ問題視すべきだと、私はそう考えるわけなんです。
>捏造だろうが事実だろうが、ぶっちゃけそんなことは関係ない。誰が何のために、わざわざこんなものをニュースにして見せたのかという、その工作の意図こそが問題なわけです。
というのは全く同感で、私もそう思います。
今となっては亡くなられた方を、そしてご自身何度か退位を望んでいたにも関わらず、東京裁判を正当化するために退位する事ができなかった心情などお察しするに、ここでまた政治の道具として使われるのは何とも言いがたいものがありますね・・・。
これ以上、この点について話しても答えがないように思いますので、質問した手前、靖国神社の今後について話をさせてもらいたいと思いますが、結論から申し上げるとTomCatさんとほぼ同感です。
大きく異なる点といえば首相が靖国神社へ参拝するのがなぜまずいのか?という点くらいです。
おっしゃる事はよく分かります。
確かに日本として総括できてない部分はあると思いますし、大きな流れの中であの戦争は避けられなかった事とはいえ、やらかした事は許されない事もあるでしょう。
が、小泉首相のパフォーマンスは置いといて、首相が「終戦」記念日に「平和」の誓いのために参拝するのがなぜダメなのでしょうか?
これまでの歴代首相が参拝していた時は何も言わなかった時代もあったのに、情勢変わった途端、それはおかしいと言いはじめる国にどこまで譲歩し、配慮する意味があるのでしょう?
謝罪と戦後補償はどこまでやれば納得してもらえるのでしょう?
仮に参拝をやめたら、その他の問題は全て解決していくんでしょうか?
私にはこの話はA級戦犯となった岸信介がこれまたアメリカの都合で戦犯不起訴になった話にも重なってしまいます。
岸信介はその後首相にもなって、晩年、国連平和賞までもらっていますが、この時は文句言ってたのでしょうか?
そういう点を見ていくと隣国に配慮するというご意見にはいま一つ納得できないものがあるのです。
そもそも「A級戦犯」ばかりいつも話題にあがりますが、「A級」、「B級」、「C級」の違いが分かっている人ってどれだけいるんでしょうね。
恥をさらすと私自身は、学生時代不勉強だったので、神社や寺に行っても全く面白いとも思いませんでしたし、大人になってしばらくの間も靖国問題と言われても、A級戦犯と言われても何のこと?B級、C級の違いって? A、B、CなのでAが一番重いの?程度でしたが(苦笑)
そんな奴だったので思うのですが、解釈の違いあれ歴史的事実を分かったうえで議論されていけばいいと思うのですが、そういう総括をできないまま賛成だ、反対だというのもおかしな気がして、自分の考え纏めるためにも話につきあってくれそうなTomCatさんに突っ込んで聞かせていただいている次第です(^^)
ちょっと不謹慎なモノの言い方になってしまいますが、
「死人に口なし」ですからね。
100%ねつ造はない、ことを証明するのは無理でしょう。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334033415/249-9598978-615716...
確かに、マスコミが騒いでいるだけ、という印象はあるが、
多くの場合マスコミというのは(現代においては)国民の鏡であるから、
マスコミが騒いでいる、ということは、我々国民が騒いでいる、ということだと思います。
でも、仮にこのメモの内容が事実だったとして、
忘れ去られてほしくはないなあ。個人的には。
昭和天皇の「心」は、いわゆるA級戦犯全員の合祀を問題としているのではなく、陛下の意に沿わなかった松岡、白鳥の2名が結果として合祀されているのが問題なのではないのでしょうか、事実A級の中にも東条英機は陛下の信認厚い人物として知られています。
しかし、政治的に利用しようとして発表したんでしょうね。
いやだなぁ。
このメモが100%天皇がいった言葉であることを証明するのはもはや
無理でしょう。しかし、日経が手に入れたメモは、富田長官のもの
である、ということは間違いなくいえると思います。75年~92年の
手帳と日記を手に入れていますから。(21日の日経新聞33面にあり
ます)
天皇の発言が書いてある部分はノートに紙を貼り付けるという方法
ですが、他の部分もそういうやり方をとっています。写真からの判断
ですが。というわけで、デマであるという可能性はかなり低いと思い
ます。
捏造なんてありえないでしょ。そんなチンケな小細工をする人はいないと思います。天皇が思ったことは全く自然な話で疑う余地はないですね。合祀が良いと言っている人の意味がわかりません。
いわしはだんだん下になるにしたがって幅が狭くなる・・・・。書き込みスタイルを変えなければ・・・・(^-^;
さて、昭和天皇陛下の東条英機をはじめとする「戦犯」に対するお気持ちは、これは私も十分十分理解しています。陛下が「戦犯」とされた者に忍び難きお心を寄せられたのは当然のことです。
しかし陛下は、まさに退位どころか皇室解体、もっと言えば国家解体をも視野に入れた戦後処理を御覚悟なさったお立場であり、それゆえに、その後は一切の政治的権能を持たない象徴として、まさに「無害な平和主義者」のお立場を貫かねばならなかったわけです。
だからこそ、戦後数十年を経てもなお、国際関係を考える時、陛下としては「A級戦犯」という戦後処理の受け入れを貫かねばならなかったわけです。元の「臣下」に寄せる忍び難きお心と、戦後の象徴天皇としての国際関係の安定を願うお心とは、けっして相反するものではありません。
それを考えれば当然のこととして、陛下が「A級戦犯合祀」に対して批判的であったことは全く驚くに当たらないわけで、したがって、今初めて陛下が合祀に反対だったという新事実が出てきたわけでは全くない、ということなんですよね。
にも関わらず、なぜそれをこうもタイミング良く持ち出して「大ニュース」にして見せたのかという、その意図をこそ問題視すべきだと、私はそう考えるわけなんです。
捏造だろうが事実だろうが、ぶっちゃけそんなことは関係ない。誰が何のために、わざわざこんなものをニュースにして見せたのかという、その工作の意図こそが問題なわけです。
さて、靖国問題についての私の意見ですが、これは人の気持ちも尊重できないワガママ首相さえいなくなれば、何の問題もないと考えています。
小泉さんは二言目には「心の問題」と言い張りますが、自分の「心の問題」を大切にしようと考えるならば、そこには当然、他者の「心の問題」も同じように尊重することが必要ですよね。
内閣の長という立場の者ならば、当然のことながら他国政府や他国民の心情に対しても最大限の配慮が必要です。それが出来ないのはただのワガママであり、政治家の資質そのものを疑わせる振る舞いです。
どうしても参拝したければ、自宅から靖国に向かって手を合わせればよい。遠方の戦没者の遺族などは、みんなそうやっているんです。票欲しさのスタンドプレーでないのなら、そのくらいの「心」を見せなさいと私は言いたいと思います。
「A級戦犯」問題については、戦勝国が敗戦国を裁くという不当な国際慣習を定着させないためにも、合祀継続を主張します。今もアメリカはイラクにおいて、不当な「戦勝国」の占領政策をやっています。その不当性を正当化するのが、日本の戦後処理という「前例」です。日本が「A級戦犯」を徹底してパージし続ける姿を利用すれば、アメリカは自身の戦争犯罪は追求されずに、どんどん戦争が出来るというわけです。
「戦犯分祀」論は、一見平和主義者の主張のように聞こえますが、その本質は戦勝国の蛮行の正当化を助けるもので、世界の平和に大きく敵対する結果をもたらすことに注意が必要です。
さて、靖国以外の戦没者追悼施設についてですが、これは私は、議論の主人公は戦没者の遺族であると考えていますので、遺族の意向を聞きもせずに勝手な政治家の意向だけで事が進んで行くことには反対の考えを持っています。
戦前戦中、靖国神社に祀られるということは、一種の死後叙勲に等しい「栄誉」だったじゃないですか。したがって靖国に代わる追悼施設を作ろうという議論は、ひとつ間違えると、戦没者からその栄誉を取り上げようというのに等しい議論になっちゃうんですよね。そこに十分な配慮が必要です。
むしろ、日本はもう二度と戦争なんかしないはずで、新たな「戦没者」など出ないはずなのに、なぜわざわざ新しい施設が必要なんだと。そこに警戒心を持っていかないといけないと思うんです。
むしろ新たな追悼施設という議論は、日本はもう一度戦争をやるぞという、「改憲」「再軍備」論とセットの議論でしょう。新たな追悼施設の次は、「千鳥ヶ淵で会おう」と言わされて死地に送り込まれる私たちの姿です。
私たちは毎年夏、広島で祈り、長崎で祈り、そして靖国で祈るんです。もう二度と政府の過ちによる戦争は起こさないぞと。そしてそこから365日、世界の平和のために尽くしていく。それが日本国民の「未来指向」だと思うんですよね。
平和憲法と靖国神社を、ひとつの平和への祈りで護り続けていくこと。そしてその力で好戦的売国政府のたくらみを、左の護憲からも右の愛国主義からも阻止していくことが大切だと考えています。
長文失礼します。
>昭和天皇陛下が「A級戦犯合祀」をこころよく思われていなかったことは
>ご自身が体を張って終結させた戦争の経緯を考えれば当然で、
>これは何も驚くには当たりません。
との事ですが、果たして本当にそうなんでしょうか?
私は以下の点で疑問が残っています。
1)東條英機との関係
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%A2%9D%E8%8B%B1%E6%A9%9...
日米開戦日の深夜、和平を熱望していた昭和天皇の期待に答えることができず、懺悔の念に耐えかねて号泣した逸話は有名で、『昭和天皇独白録』にも記載されている通り、昭和天皇から信任が非常に厚かった臣下であり、失脚後、昭和天皇からそれまで前例のない感謝の言葉(勅語)を贈られた。そして東京裁判時には親しい関係者に「戦犯の指定を受けたとは言え、国に忠義を尽くした国民の一人である。被告人として立たせるのは忍びない」と言い悲しんでいた。東條内閣が不人気であった理由について、天皇は「憲兵を用いすぎたことと、あまりに兼職をもち多忙すぎたため国民に東條の気持ちが通じなかった」と回想し、内閣の末期には田中隆吉などの評判の悪い部下や憲兵への押さえがきかなかったとも推察している。
まずこの点考えても、A級戦犯合祀全般を不快としたというのはおかしいと思いますし、
2)終戦と「昭和天皇退位工作」
近衛文磨による昭和天皇退位工作からはじまり、
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050812A/ind...
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050812A/ind...
にある三笠宮崇仁親王の
1946年2月、枢密院(明治憲法下での天皇の最高諮問機関)で、昭和天皇の3人目の弟、三笠宮崇仁親王が、遠まわしに「天皇退位」を求めました。
『芦田均日記』(芦田はのちの首相)によると、そのとき昭和天皇の顔は青ざめ、神経質な態度をあらわにしたといいます。
1975年2月号の『文藝春秋』に、高松宮のインタビューが掲載、自らを「和平派」と語る高松宮の記事に昭和天皇は激怒したといいます。また、高松宮が「昭和天皇は戦争をとめることができた」という発言があったということも(高松宮の死後発覚)、問題になりました。
1975年、昭和天皇はアメリカを訪問、ディズニーランドでミッキーマウスとなかよく写真を撮っています。人々は「昭和天皇は無害で平和愛好者であり、戦争責任などない」というワシントンが創り上げた「神話」を「再確認」するものだった、のかもしれません。
「カゴの鳥だった私にとって、あの旅行(筆者注:皇太子時代のヨーロッパ訪問)ははじめて自由な生活ということを体験したものだった。あの体験は、その後の私に非常に役立っていると思う」
敗戦直後、昭和天皇はこのようなことを記者に話していますが、言ってみれば、あの旅行以外はすべて「カゴの鳥」だったのでしょう。そしてそれは戦後も続くことになります。
の一連の流れも私には引っかかります。
特に1975年という年は昭和天皇の靖国神社への親拝が最後になった年に合致してますし、昭和天皇の「だからあれ以来参拝していない」と言ったというメモが本当だとするなら、この発言は単なるA級戦犯合祀に不快感を示されたのではなく、こうした一連の流れがあっての発言ではなかったのかと推測もできる気がしますがいかがでしょうか?
最後にTomCatさんは靖国問題どうしたらよいと思われますか?
(もう少し書きたい事もあったけどまたの機会に・・・そろそろ寝ます。おやすみなさい)
まずはここにレス失礼します。
私も昨晩(数時間前)ちょうどリアル世界で同じような話をしてたところ。
あまりにもタイミングよすぎるし、今の天皇陛下に対しても、それ以前に亡くなられた昭和天皇に対しても失礼な気がするし、誰がリークしたのか分かんないけどなんとなくキナ臭い香りがします。
うまくレスできなかったので。
今回の展開が、万一民主党の「永田メール」と同じ展開を辿った場合、参拝反対派は壊滅してしまいます。
であればこそ、「捏造は100%ありえない」ことを証明しておく必要があると思います。
先手を打って「捏造の可能性はない」ことを示すことが、「最大の防御」です。
憲法20条に
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
と、あるように政治に宗教を持ち込むべきではありません。
ただ、今回のようなタイミングで報道される事には別の思惑があるように思えてなりません。私が思っている思惑とは「他の報道の扱いを小さくして目立たなくする」です。この天皇メモの報道によりT社のリコール問題。P社の不正改造問題。自衛隊撤退等、の扱いは確実に小さくなります。
最初の2行は私がまず思ったことと全く同じです。
しかも亡くなっている人が「こう言っていた」というような利用の仕方はどうなんだろう。
家族である皇室の方々がこれに対して公ですぐに反論できない弱みにも付け込んでいるきがしてならない。
前から思っていました。
朝日、偏りすぎ。
あの、日記の写真を提供している日経は、その日記の出所をはっきりさせていません。
これで捏造とかだったら、中国・韓国政府のコメントはどうなるんでしょうね。
この次の出方が気になる。
kumonoyouniさん、A級、B級、C級戦犯のそもそもについですが、私はA項該当者というのは「政治犯」であると受け止めています。だからA項該当者だけが常に問題視されるわけです。
B・C項目該当者として処刑された人の方がずっと多いのに、そちらは何も問題視されていないということからも、「A級戦犯」問題は戦争責任問題からはかけ離れた「政治問題」なのだということが分かります。
したがって私は「A級戦犯」問題を感情的に主張すれば、それはむしろ戦争の根本から目をそらす結果になり、世界平和の実現を遅くする結果になると、中韓その他の皆さんに言いたいわけなんですよね。
小泉さんについては、そうした理路整然とした歴史認識に基づいて自らの参拝の趣旨を説明できない限り、首相である間は参拝すべきではないと考えます。「心の問題」などという観念的な説明しかできない首相に勝手なことをやってもらっては、世界の安定も日本の国益も損ないます。
また機会があればそのへんについても語り合いましょう。
誰か、心優しいポイント長者はいらっしゃらないものかしらん?
「政治犯」であったという点には同感ですが、それは戦争に突入せざるを得ない状況をつくった近衛内閣からはじまる一連の政治的判断ミスを含めての事かと思っています。
ちなみに私の記憶曖昧だった部分の補足として、参考となる説明があったのでご参考までに。
http://www1.toptower.ne.jp/~katumata/sub514.html
http://homepage2.nifty.com/tanimurasakaei/yasuk.htm
これらも含めた歴史的事実の一つ一つを検証しながら、何が正しくて、何が悪かったのか、私たちは考えていかねばなりませんね。
そして、日本として総括できてないまま、中韓に言われたから、はい、そうしましたではアイデンティティなんてあったもんじゃないし、それはおそらく彼らだってそうだと思うのです。
教科書問題一つにしてもそうだけど日本の教科書を実際自分で読んだわけでもないのに、聞きかじった話でそれはおかしい!と言っている政治家も少なくないと耳にする事もあるので、どこまで彼らが実情を把握してクレームつけているのか疑問もありますが、つまるところそれも言われるがまま、説明不足の日本側の責任が大きいのでしょうね・・・。
それでは、また機会あればよろしくお願いします。