「平仮名の作文、『八つ』を『はちつ』=国語力低下、教師9割が実感-岩波書店調査」という12月8日の報道記事で、「数え方を知らずに、何でも『個』とする児童がいたという」とあるのを読んで、「自分も含め、大人が何でも『個』にしていることもあるかも」とふと思ったので、質問してみることにしました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071208-00000048-jij-soci
Yahoo!知恵袋にも:
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1172520...
箸の数え方が一本ではなく一善[原文ママ]と聞いたのですが本当ですか。
「箸 一本」の検索結果から、「一本箸」でないもの:
ご自身で一本一本箸を創り続けている職人ならではの、数々の深みのある発言に、……
http://blog.37sumai.com/essay_blog/konishi/2007/02/vol065.html
「箸 二本」の検索結果から:
わが国における食事用の二本箸の起源と割箸について
On the Origin of Table Chopsticks in Japan and Half-split Chopsticks
# 大学の先生方の論文の題名。
「箸 三本」は非現実的なので、「箸 四本」にしたら、森鴎外の『牛鍋』が!
永遠に渇している目には、四本の箸の悲しい競争を見る程の余裕がなかった。
四本の箸は、すばしこくなっている男の手と、すばしこくなろうとしている娘の手とに使役せられているのに、今二本の箸はとうとう動かずにしまった。
# これは文学的表現なのですけれども。
ちなみに、うちでは箸はあんまり数えません。
大勢のお客さんがいらしたときに「お箸、何膳用意するの?」「三膳」などと言うことはありますが。
(あー、それですら、略式=普段モードでは「何人分?」「三人」かも)
遺跡の発掘では箸は「○膳」ではなく「○本」らしいです。
ただし、この場合は「二本一対で一膳」という前提がほとんど無効ではありますが。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2000Kaga/03/030200.html
箸は、折れて細片になってしまっていたものを含めて約三〇〇〇本を数えたが、このうち完形及び半分以上の破片で一四八〇本確認できた。形態は、箸と中央部が同じ太さのもの、端の片方が先細りになるもの、両端が先細りになるものに分類でき、完形のものについての量比はそれぞれ二八五本(六六%)、九二本(一三%)、五六本(二一%)となっている。
あと、料理のレシピで、何かの生地をかき混ぜるときにお箸を何本も使う場合、「菜箸○本でかき混ぜる」といった書き方をしますので、二本一対が前提でないときは、箸も「一本、二本」でいいのかもしれません。
でも「お箸一個」とは言いませんよね。
……んー、言うのかな……人によっては(あるいは自分も)言いそうな気もしてきました。
いや、「一個」は使わないにしても「ひとつ」は使うかも、と思います。
居酒屋でお箸を落としてしまって、店員さんに声をかけるときに、
「すみませーん、お箸もうひとついただけますか?」など。
お箸一個はキビシイですが、「すみませーん、お箸もうひとついただけますか?」は言いますね。むしろこっちを言いますね。
「お箸2膳ください」って言ったのに、「2コでいいですか?」って聴き返してくる店員が居ました。
わざとなんでしょうか…。
その店員さんは「一膳、二膳」という数え方をご存知なかったのかもしれません。
悪意はないでしょうけれども、「お箸二個」では、ちょっとツッコミ入れたくなりますね。
だいたい、家でお箸は「一膳、二膳」で数えることは少ないし(「お父さんの箸、お母さんの箸」などという)、
やっぱり私は「ふだん使わない言葉」だから「聞いたことがない」→「知らない」というケースが多いような気がします。
個に近づきますね。イメージ的に。
「水一個」と同様でしょうか。(笑)
500ミリリットルの細長い形状のペットボトルが「一個」なら、
紙ですっぽり包装された割り箸(爪楊枝入り)も「一個」で、理屈としては合っているような。
(でもそれには「細長い形状のもの」も「一個」と数える、が真でなければなりませんが。)
コンビニのバイト君の目線から考えて、「お箸は食事をするための道具で細長い2本の棒」というよりも、むしろ「食べ物を買った人につける付属アイテム」という風にとらえられているとか?あー、うまくいえない。絶対伝わってないなこれ。
それを自分が使うかどうかによる、って感じですかね。
あと、「ひとつ」と「一個」が完全に互換可能な何かとして捉えられている、とか。
(たとえばみかんは「みかんをひとつ」でも「みかんを一個」でも違和感はない。)
つまりこの場合、
「お箸一膳」
→「お箸ひとつ」(割り箸や、パッケージされて、ひとつにまとめられているもの)
→「お箸一個」
が、何の違和感もなく置換可能な語群として認識されている、とか。
ということですか?2本そろってても1膳といわない